津山城
津山城
備中櫓(びっちゅうやぐら)
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 70を超える櫓(やぐら)を持ち、天守は破風を持たない独特デザインで日本三大平山城のひとつといわれる城。

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(Wikipediaより引用)
概要
城郭の形式は梯郭式平山城。日本三大平山城のひとつ。 津山盆地の中央部に位置する。
城の東部を流れる吉井川支流の宮川及び丘陵の天然の断崖を防御線に取り入れている。城の南部を流れる吉井川とその支流で西部 に位置する藺田川(いだがわ)を外郭とし、その内側に城下町の主要部を形成している。

天守は破風を持たない4重5階の独立型層塔形式で、小倉城の天守を模して造られたともいわれているが[1]、これに関してひとつの伝承がある。小倉城の天 守の評判を聞いた森忠政が築城にあたって小倉城に家臣を派遣したが、家臣が現地を検分していたところを怪しまれ捕る事態となった。当時の常識なら打ち首の 上津山藩に厳重抗議をしてもおかしくないが、話を聞いた細川忠興は好きなだけ調査させ図面まで手土産に持たせたという話が伝わっている。また、津山城天守 最上階には小倉藩細川家から贈られた西洋風の鐘が明治期まで釣られていた[2]。天守の巨大さゆえに幕府に目をつけられ、忠政は4重目の瓦を破棄し「あれ は庇(ひさし)であって4重である」と言い切り難を逃れたと伝えられている。

往時は外郭を含めると77棟の櫓を持ち[3]、広島城の76棟、姫路城61棟をしのぐ櫓の多さであったが、明治6年(1873年)の廃城令により天守・櫓 などの建物が破却され天守台・石垣のみとなっている。
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